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08/12/26 第431回「こんな芝居を観た」
 劇団ブラジル公演「軋み」を観る。
危ういパワー・バランスを保っていた人間関係が、何気ないひと言で揺れ動き始める、先の読めない推理劇風物語は、程良く笑いの要素を散りばめながら、二転三転、最後まで観客の心を引っ張って飽きさせません。良く出来た翻訳劇を思わす、手堅い作品。
しかし、所々に小劇場魂を感じさせる変化球を入れ、一筋縄ではいかない曲者さ加減も残してます。残念ながら次回公演予定が来年の12月というのが、なんとも待ち遠しく感じられる作品でした。さらにパワーアップした舞台を観せてくれる日を待ちましょう。
08/12/19 第430回「こんな本を読んだ」
 年明けにその半生を描いた映画が連続公開される、キューバ革命の英雄エルネスト・チェ・ゲバラ著「ゲバラ日記」を読む。
キューバでの革命を達成した後、次にゲバラが向かったのは南米ボリビア。死の直前までの十一ヶ月間に及ぶゲリラ闘争の日々を綴った日記。そこに記されているのは、「革命」という名から安易に想像するような派手なものではなく、闘争に無理解な市民と病と食糧確保(牛、小鳥、子猿!などを殺して食べる。)との戦いの日々です。
読みながら、テロリストとゲリラの違いって何だろうかと考えてました。映画も楽しみです。
08/12/17 第429回「こんな芝居を観た」
 Oi−SCALE+Hi−SPECS公演「痛みのない傷」を観る。
私が出演した前回公演同様、語りと芝居、そして映像が交差する作品。思うに作・演出の林灰二くんは、若かった頃より今の方が真摯に「演劇」という怪物に向き合っているような気がします。今回の作品を観て、つまらないと感じたなら、それは「演劇」が内包しているつまらなさであり、面白いと感じたなら、それは「演劇」本来の面白さであり、どちらにしても「演劇」が持つ素晴らしさなのだと思います。
終幕、映像と芝居の効果的なシンクロは、非常に「演劇」的瞬間でした。
08/12/16 第428回「こんな映画を観た」
 「その土曜日、7時58分」を観る。
名匠シドニー・ルメット監督にフィリップ・シーモア・ホフマン主演でアルバート・フィニー共演。期待するなって方が無理ですが、し過ぎちゃったか、これが驚くほどつまらない。観終わってガッカリ。
成功間違いなしの強盗計画が一転、人生の坂を転げ落ちていく兄弟、そして彼らの父との物語。途中は「ヴァンテージ・ポイント」だし、ラストは「ミリオン・ダラー・ベイビー」になっちゃいます。どうした、ルメット?これでいいのかホントに?!。絶賛された過去の名作達が泣くぞ。名匠も遂に衰えたか…。
08/12/12 第427回「こんな本を読んだ」
 村上春樹著「ねじまき鳥クロニクル」を読む。
何を今更って感じですが、14年前の出版当時に購入したまま積ん読されてました。時代設定が1984年なので、携帯電話が普及していない為、家の電話機が、またメールではなく手紙が、物語の展開上、重要な役割で出てきますが、このくらい不便な時代の方が、物を語る際は丁度良いのかもしれません。
「海辺のカフカ」はちょっと「ん?」でしたが、今作は楽しめました。
しかし、これ以上の物語を紡ぎ出すことが、今後の村上氏に出来るかどうかは微妙だと私は思うのですが…。どうでしょうね。
08/12/10 第426回「こんな映画を観た」
 お馬鹿映画「トロピック・サンダー」を観る。
嗚呼、ホント、クダラない。でも、こんな映画も大好きです。某ハリウッド・スターのカメオ出演や様々な戦争映画のパロディよりも個人的に一番楽しめたのは、ロバート・ダウニーJrの黒人演技でした。
一時は薬物中毒により映画界を追われた彼ですが、昨年辺りから見事復活。今のところバラエティ色の強い作品で活躍してますが、いつの日か再び素晴らしいドラマに巡り会って、演技派として認められる筈だと、同い年の私は信じてます。
頑張れ、ロバート!。それにしてもクダラない映画でしたね。
08/12/8 第425回「こんな芝居を観た」
 MU公演「死んだ赤鬼/戦争に行って来た(反転)」を観る。
個人プロデュースユニットMUは、新作と再演の「両A面短編公演」と銘打った今回、初めて拝見しました。
両作品共、安定した予定調和的芝居のテンポで流れていく印象があり、ドキドキさせてくれる瞬間がなかった事と、声を張らずに芝居ができる狭い空間の中で、日常同様の、むきだしの感じがする発声をする若人が誰もいなかった事は、不思議に思うと同時に残念でした。無理にする必要もないのでしょうが、もう少し反骨精神溢れる芝居が観たい気がしました。次回に期待します。
08/12/5 第424回「こんな本を読んだ」
 チャールズ・ウェッブ著「卒業Part2」を読む。
映画化もされた「卒業」の、正真正銘、まさかの続編。確か、映画「ザ・プレーヤー」の中で、ありえない続編企画の一つとして「卒業」が出て来るエピソードがありましたが、それが現実になるとは…長生きはするもんです。
教会から手に手を取って逃げ出した彼らが、その後、どんな家庭を築いたのか?…は読んで頂くとして、主人公二人のその後、というより、D・ホフマンとK・ロスの二人のその後、と、どうしても想像してしまうのは、仕方ない事なんでしょうか。そんなの私だけかしらん。